ミッションクリティカル領域におけるAI導入の重要性

2026年3月13日

AIの新たな時代が、いま幕を開けようとしています。変圧器から交通管理に至るまで、ミッションクリティカルなシステムの開発・導入・自動化のあり方を変革しているインダストリアルAI。本シリーズでは、日立がインダストリアルAIの革新力を、最前線からご紹介します。

AI を物理世界に導入する日立のアプローチについて

AI 開発は急速な勢いで進化を続けており、複雑で多様なツール、モデル、アプリケーションが、ビジネスのあらゆる分野で次々と生まれています。こうした進化が進む中で、増え続けるカテゴリの中でも機能の明確さを保つことは、混乱を最小限に抑え、計画立案から調達までのあらゆるプロセスを効率化するうえでますます重要になっています。

そうした中、日立はフィジカルAIの中でも急速に成長している分野である“インダストリアルAI”において、長年にわたり蓄積してきた産業分野のドメイン知見を生かし、取り組みを進化させています。フィジカルAIは、カメラやロボットのようなシステムが物理世界を認識・理解・推論し、複雑な行動を実行または調整できるようにする技術ですが、インダストリアルAIはこれと同様の能力を、産業現場の装置やプロセス、ミッションクリティカルなシステムに対して実現します。

この違いは一見わずかなものに見えるかもしれませんが、実際には非常に重要です。例えば、電力網を流れる電力の管理や、高速鉄道の保守コスト削減といったユースケースを考えると、その重要性が分かります。インダストリアルAIでは、規制やコンプライアンス、安全性など多くの要素すべてを設計段階から組み込み、さらにテストと認証を経る必要があります。これはまさにミッションクリティカルなシステムの世界であり、そこにAIを導入すること自体が、まさに“クリティカル(極めて重要)”なのです。

今回シリーズ編集者であるMichaelZimmermanと、日立グループ各所から AI の専門家を迎え、この領域について知見を伺いました。参加者は、Hitachi Digital の Chief Growth Officer である Frank Antonysamy、Hitachi Vantara の CTO of AI である Jason Hardy、そして日立Global Researchの Head of AI であり、日立製作所の Advanced AI Center のジェネラルマネージャーを務める ChetanGupta 氏(PhD)です。以下、その要旨を紹介します。


インダストリアルAIは他のAIアプリケーションと何が違うのか?

Antonysamy:コンシューマー向け AI では、多少の誤りは許容できます。チャットボットが間違った回答をしても不便ではありますが、影響範囲は限定的です。しかし、インダストリアル AI が扱うのは電力網、製造ライン、鉄道システムといったミッションクリティカルな領域です。90% や 95%の精度では目的に適しておらず、実際の導入も不可能です。AI を含むシステム全体に対して求められるのは、「時々」ではなく、「常に」高い信頼性・予測可能性・精度を提供できること。さらに、これらのAIは単独のアプリケーションとして存在するのではなく、実世界のシステムに統合されることが多いのも特徴です。

Hardy:その通りです。インフラの観点から見ると、絶対に停止できない環境のために設計する際には、非常に細かな設計が必要になります。株式市場、鉄道ネットワーク、米国の電力網は、いずれも極めて重要なシステム(ハイパークリティカルなシステム)です。一部のシステムでは計画的な停止や柔軟な運用が可能ですが、停止が許されないシステムのための設計には大きなコストがかかります。こうした理由から、この分野ではクラウドが常に最適とは限りません。一度の停止すら許されない世界では可用性が99.9%では不十分なのです。

Gupta:システムやアルゴリズムの信頼性に加えて、インダストリアル AI にはさらに二つの重要な要素があります。マルチモーダル対応とエッジ環境での展開です。産業データは本質的にマルチモーダルで、例えばマニュアルやログのテキスト、作業現場の映像、設備から得られる時系列センサーデータ、オペレーションの離散イベントデータなどさまざまな形式のデータが存在します。実際のソリューションでは、これら複数のデータ形式を横断して動作するモデルが必要になることが多いのです。

さらに、Jason の指摘にもあったように、導入環境も同じぐらい重要です。多くのインダストリアルAI のユースケースでは、オンプレミス環境だけでなく、低遅延要件、信頼性、データ主権の要件を満たすために“真のエッジ環境での展開”が必要とされます。


インダストリアルAIは実際の現場ではどのように実現されているのか?

Antonysamy:例えば、私たちが Hitachi Rail と取り組んでいるプロジェクトを考えてみましょう。列車に AI システムを導入する際、単にハードウェアを設置すればよいわけではありません。鉄道業界には厳格な認証基準があり、機器やシステムは鉄道特有の安全規制を満たし、過酷な物理環境でも確実に稼働できなければなりません。同様に、医療機器には医療機器の認証基準、電力会社には電力会社の基準があります。どの業界でも、求められるコンプライアンスを深く理解し、100% 準拠することが必須です。さもなければ、こうした環境で大規模に展開することはできません。

この要件に応えるための一つの方法が、徹底したシミュレーションです。私たちは膨大な合成データを使い、現実のあらゆる状況を想定したシミュレーションを何百万回も行います。あらゆるケースでモデルが予測どおりに動作すると確信できて初めて、本番環境に投入します。これは、コンシューマ向けAI で一般的な「提供してから改善する」方式とは真逆です。インダストリアル AI の領域では、本番環境で失敗から学ぶということは許されないのです。

Hardy:まさにその通りです。時間軸について考えてみてください。私たちは30年、40年、場合によっては60年にわたり継続して稼働するインフラ向けのAIを構築しています。電力網の変圧器は、ノートパソコンのように5年ごとに交換されるものではありません。

AIとそれを支える機器は、そのような長寿命の運用を前提に設計する必要があります。これはコンシューマー向けテクノロジーとはまったく異なる設計思想です。

Gupta:つまり、「Move Fast, Break Nothing」ということです。設計段階ではドメイン専門家が重要なステークホルダーとして関与する必要があります。また、導入には厳格なテストと明確な受け入れ基準が不可欠。さらに、展開は慎重に行われなければなりません。現場で働く人々がその技術を信頼し、日々の業務フローの中で意味のある形で活用できるようにする必要があるのです。


信頼性について:ミッションクリティカルな環境に AI を適用する際、人々の不安をどのように取り除くか?

Hardy:既存の基準を満たすだけでなく、それを上回ることが必要です。AI と聞くと、多くの人が「ターミネーター」のようなイメージを連想し、「機械が自律する」というだけで不安が生まれます。だからこそ、「人間が X をできるなら、AI は X に加えて Y もできるべきだ」という期待を満たさなければなりません。規制当局、運用者、そして一般の人々は、より高い安全性の裏付けを求めます。こうした基準を満たすことで、初めて技術の信頼性を証明できるのです。

Antonysamy:まさにそこが重要なポイントです。私たちは「AI が安全性を向上させる」とは言いません。そう言ってしまうと、既存のシステムが安全ではないことを示唆してしまいます。AIが導入されていない産業システムであっても、すでに厳格な安全認証や検証を経ており、十分に安全です。AIの役割は、その安全性の上にさらに効率や稼働率、生産性や成果を向上させながら、同じ安全基準を維持することです。つまり、置き換えではなく、補完し強化するための技術です。

Hardy:すでに他の分野では、このレベルの精度と再現率が実現されています。例えばがん検出では、数年前なら見逃されていたような兆候を AI が拾えるようになっています。私たちは、このレベルの精度と再現性を産業システムにも持ち込もうとしているのです。

Gupta:まさにその通りです。そして、人びとの信頼を築くには、まず透明性が欠かせません。ミッションクリティカルな環境では、技術の強みだけでなく、限界や制約についても関係者に明確に伝える必要があります。また、適切な場面では“人が介在する仕組み(Human in the Loop)”を設計し、ドメイン専門家をチームの中心に据え、現場の作業者と協力しながら導入を進めます。つまり、明確な説明・協働・実績に裏打ちされた信頼性によって信頼を積み重ねていくのです。


鉄道、電力網、製造業などの業界における経験は日立のAI開発にどのような影響を与えているのか?

Antonysamy:こうしたシステムを構築するうえで重要なのは、質の高いデータへのアクセス、各産業に関する深いドメインナレッジ、そしてデータサイエンスや AI の高度な専門性です。日立は創業 116 年前からインダストリアル分野で事業を展開してきました。ミッションクリティカルなシステムは、いわば日立の DNA です。OTと IT の統合にも数十年にわたり取り組んできており、データや AI に関する深いナレッジも蓄積しています。インダストリアル AI の市場において日立が独自の強みを持つ理由は、OT と AI の両面を深く理解している企業であることです。これは新しく踏み込む領域ではなく、長年取り組んできたものの自然な進化形と言えます。

Hardy:さらに面白いのは、私たちが「OneHitachi」を実践している点です。鉄道、エネルギー、産業など、日立のあらゆる事業部やグループ会社が持つ知見を結集し、世界でも最も複雑な産業課題を解決するために力を合わせています。まさに日立ならではの総合力が発揮されているのです。


インダストリアルAIは今後どこに向かうのか?
数年後のインダストリアルシステムはどのように変わるのか?

Antonysamy:すでにお客様の現場では、生産性向上、エネルギー消費の削減、処理量の向上など、明確な成果が出ています。今後も、生産性、歩留まり、品質をさらに高めつつ、エネルギー消費を抑えるという方向で進化が続くでしょう。そのために重要なのは、正しいセンサーを備え、変化に適応できるシステムを設計することです。

そして私たちがめざしているのは 自律型のインフラです。自動でバランスを取る電力網、より高い歩留まりと品質を実現するために最適化される製造ライン、生産性を高めるために人間の作業者を支援するエージェント型システム、そして自己診断が可能な機械。そうした姿が当たり前になっていきます。

Hardy:AIが非効率を見つけて自動で改善し、人間はより大きな意思決定に集中する。そんな 共生的な関係が進んでいくと思います。膨大な情報を機械レベルで理解・処理し、状況を解釈して予測。そして、問題が起きる前に先回りして対応する。その高い精度を、複雑な産業システムに持ち込む。これが将来の姿です。

Gupta:Frankや Jason が述べた成果に加えて、インダストリアル AI は「予測」や「推奨」を超え、直接アクションを実行する段階へ進化しています。すでに産業現場では、ドローンや四足ロボット、そして将来的にはヒューマノイドなど、多様なロボットが人手不足を補うために導入され始めています。

さらに本質的なのは、「AI を前提とした産業システムの設計」への移行です。たとえば鉱山では、自律化によって人間の運転に依存しなくなったことで、より小型の運搬車両が採用されつつあります。20 世紀初頭に電化によって製造業の構造が変わったように、AI主導の設計変革は、産業の構造をさらに大きく変える可能性があります。

詳細はこちらをご覧ください:

  • こちらはCIOの記事を翻訳したものです。

The criticality of introducing AI into mission-critical systems

A Q&A with Hitachi on its approach to bringing AI into the physical world.

www.cio.com


Frank Antonysamy

Hitachi Digital Chief Growth Officer

Frank Antonysamy


Jason Hardy

Hitachi Vantara CTO of AI

Jason Hardy


Chetan Gupta(PhD)

日立Global Research Head of AI /日立製作所Advanced AI Center ジェネラルマネージャー

Chetan Gupta(PhD)


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