AI活用のフロントランナー
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2026年11月5日
株主総会における株主と経営陣との質疑応答は、企業が説明責任を果たす重要な場です。約1,000問にのぼる想定Q&Aの作成や、総会当日の株主からの質問に応じた適切なQ&Aの役員への提示など、これまで日立の法務本部は豊富な知見で円滑な質疑応答を支えてきました。その一方で、熟練者への依存が懸念事項となっていました。こうした課題の解消に向けて、日立は「株主総会Q&A支援AIエージェント」を開発。2026年の株主総会において活用し、大きな成果を上げました。開発メンバーと株主総会の運営を担う法務本部の皆さんに、その舞台裏を聞きます。
——今回、「株主総会Q&A支援AIエージェント」を開発するきっかけはなんだったのでしょう。開発のリーダーを務めた小松さん、教えてください。
小松 有樹(こまつ ゆうき)
株式会社日立製作所 AIソフトウェアサービスビジネスユニット アプリケーションサービス事業部
HMAX&AIデリバリ本部 AIデリバリ推進第一部 担当部長
小松:
日立グループでは現在、全社を挙げて間接部門の業務変革をめざしAIエージェントの適用を進めており、これまでグループ内で1,000を超えるエージェントが開発・活用されています。そうした日々の活動の中で変革の可能性を見出したのが、法務本部が担う株主総会です。中でも株主の皆さまと役員との質疑応答の支援は業務負荷が大きいうえに、担当者の経験で培われた「職人技」に依存して成り立っています。この業務の変革に向けて法務本部と連携し、今回のプロジェクトを立ち上げました。
——質疑応答の支援とは、どのような業務なのですか。本プロジェクトでユーザー側の取りまとめを担った法務本部の鈴木さん、聞かせてください。
鈴木 渉(すずき わたる)
株式会社日立製作所 法務統括本部 法部本部 商事法務グループ 主任
鈴木:
株主総会の質疑応答を支援する業務は、大きく「想定Q&Aの作成」と「当日の答弁支援」の2つに分かれます。
6月の株主総会に向けて、私たち法務本部は3月頃から想定Q&Aの準備を始めます。まず、セクターやBU、人財や財務などのコーポレート部門、さらには主要なグループ会社に至るまで、日立グループの幅広い組織へ想定Q&Aの作成を依頼します。その後、法務本部に集まってきたQ&Aについて、情報の正確性や根拠、表現の妥当性、体裁の不備などを検証して完成させます。株主の皆さまからの幅広い質問に備えるため、その数は約1,000問にのぼります。
そして株主総会当日には、役員の答弁支援を行います。株主の皆さまからの質問に対して担当者がリアルタイムにその意図をくみ取り、約1,000問の想定Q&Aの中から適切なものを選び、役員の手元にあるモニターに提示します。
小松さんから「職人技」という言葉がありましたが、たとえば想定Q&Aの作成では、社内の膨大な資料から必要な情報を迅速に抽出し、大量のQ&Aを不備なく作成する知見、あるいは答弁支援では、極めて限られた時間の中で質問の意図を確実に捉え、適切なQ&Aを選び出す判断力が職人技といえるでしょう。
ただ一方で、こうした職人技に依存し続けると、担当者による品質のばらつきや、将来的な知見の継承といった面で課題につながりかねません。今回のプロジェクトでは、長年培ってきた知見をどのように資産化し、属人性を軽減するかが重要なテーマの一つでした。
——職人技からの脱却というお話がありましたが、それも踏まえて、まず想定Q&Aを作成する現場にどんな課題があったのか、法務本部の川俣さん、具体的に教えてください。
川俣 涼(かわまた りょう)
株式会社日立製作所 法務統括本部 法務本部 商事法務グループ 主任
川俣:
想定Q&Aの作成現場では、担当者の大きな業務負荷、品質の不均一などの課題が顕在化していました。
株主総会での役員の答弁には誤りが許されません。そのため、Q&Aの作成にあたっては、社内の膨大な資料から最新かつ正確で、開示可能な情報を探し出し、回答の根拠とする必要があります。こうした作業は、特に大量のQ&A作成を任された担当者にとって、大きな負荷となっています。また、ベテランと経験の浅い担当者では、回答内容の品質や作業スピードにばらつきがありました。
さらに、各部門から収集した想定Q&Aを法務本部で検証することも非常に重要な業務です。しかし、約1,000問のQ&Aの正確性の確認は非常に負荷が大きく、情報の粒度や体裁などのばらつきを整える作業にも手間を取られていました。その結果、本来注力すべき回答内容そのものの吟味に十分な時間を割くことが難しくなっていました。
——株主総会当日の役員の答弁支援では、どのような課題がありましたか。法務本部の髙倉さん、聞かせてください。
髙倉 佑貴(たかくら ゆうき)
株式会社日立製作所 法務統括本部 法務本部 商事法務グループ 企画員
髙倉:
当日の答弁支援においても、役員に提示するQ&Aの選定に誤りは許されません。そのため、担当する4~5名は、事前に約1,000問の想定Q&Aをすべて頭に入れ、株主の皆さまからの質問を聞きながら候補となるQ&Aを絞り込み、質問が終了するまでに適切なQ&Aを選び出せるレベルまで準備します。
さらに、株主総会の約1か月前から練習会を重ねます。実際の質問では、たとえば個別の事業について尋ねているように見えて、実は全社的な経営戦略について聞いているといったケースもあります。そこで、さまざまなパターンの質問をお互いに出し合い、どのような聞かれ方をしても質問の意図を確実に捉え、適切なQ&Aを選定できるようトレーニングします。
このように答弁支援業務においては、担当者の準備に要する大きな負荷、また総会当日の高い緊張感の中で生じるヒューマンエラーのリスク、たとえば選定のミスや遅れなどが懸念されていました。
——こうした課題の解消に向けて開発された「株主総会Q&A支援AIエージェント」とは、どういうものなのでしょうか。
小松:
「株主総会Q&A支援AIエージェント」は、先ほど法務本部からお話のあった2つの業務を、2つのエージェントでサポートします。
すなわち、想定Q&Aの作成および内容の検証を支援する「想定Q&A生成AIエージェント」と、総会当日に株主の皆さまの質問に応じて適切なQ&Aを選定し、役員の答弁を支援する「想定Q&A選定AIエージェント」です。
——それではまず「想定Q&A生成AIエージェント」について、開発に携わった榎田さん、概要を教えてください。
榎田 侑也(えのきだ ゆうや)
株式会社日立製作所 AIソフトウェアサービスビジネスユニット アプリケーションサービス事業部
HMAX&AIサービス本部 AIプラットフォームサービス開発部 第2G 企画員
榎田:
「想定Q&A生成AIエージェント」は、「想定Q生成AIエージェント」と「想定A生成AIエージェント」で構成されています。
まず「想定Q生成AIエージェント」が、過去の株主総会のQ&Aデータなどをもとに、当年度に向けて質問を最新化します。そして、人による質問内容の検証を経て、「想定A生成AIエージェント」がそれぞれの質問に対して、RAGに格納された当社の開示資料や社内資料、関連法令情報を参照し、回答案を生成します。
質問も回答もエージェントがたたき台を生成しますので、ユーザーは一から文章を作成することなく、ブラッシュアップに集中できます。また回答案と合わせて根拠情報などを明示することで、効率的な検証業務も支援しています。さらに品質のばらつきについても、プロンプトによって情報の粒度や体裁の統一を図ることで抑えています。
——続いて、「想定Q&A選定AIエージェント」について、同じく川崎さん、概要の説明をお願いします。
川崎 勇輝(かわさき ゆうき)
株式会社日立製作所 AIソフトウェアサービスビジネスユニット アプリケーションサービス事業部
HMAX&AIサービス本部 AIプラットフォームサービス開発部 第2G 企画員
川崎:
「想定Q&A選定AIエージェント」は、まず株主の皆さまの質問を音声で取り込み、リアルタイムで文字起こしします。そのテキスト情報をもとに、約1,000問の想定Q&Aの中から質問の意図に近いものを検索し、適合率の高い上位3件を候補として提示します。
文字起こしに誤りがあった場合や、質問の意図が発言された言葉以外にあると思われる場合などには、担当者が補助キーワードを入力し、より適切なQ&Aの選定につなげることができます。また、質問の前置きが長く、後半になって本題が明らかになるようなケースでは、発言内容に応じて適合率のスコアがリアルタイムで変化し、表示されるQ&A候補も随時入れ替わる仕組みになっています。
今回、このエージェントを実際の株主総会で活用しましたが、万一のリスクを考慮し、従来の人手によるQ&A選定も並行して行いました。本エージェントのパフォーマンスとしては、選定の速度・精度ともに、人と比べて遜色のない水準であることを確認できました。
——実際の株主総会で大きな成果を上げた「株主総会Q&A支援AIエージェント」。次回は、実用化に向けてどのような課題を乗り越え、性能を高めていったのか、開発の舞台裏を詳しく聞いていきます。