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【第14回】職人技に挑む!株主総会Q&A支援AIエージェント(後編)

2026年11月5日

株主総会をはじめ、ミスが許されず、瞬時の判断を求められる業務にAIを適用するには、さまざまなハードルが存在します。「株主総会Q&A支援AIエージェント」は、LLMの比較検証やハルシネーション対策といった工夫を重ね、約2か月という短期間で実際の株主総会への適用を実現しました。後編では、速度と精度を追求した開発の舞台裏や現場で得られた大きな手ごたえについて、さらに開発チームが法務本部など活用部門に伴走して進めたFDE(Forward Developed Engineer)の考えを取り入れた開発アプローチの勘所に迫ります。


実用化の鍵となった速度と精度

——ここからは、「株主総会Q&A支援AIエージェント」が、実用化へのハードルをどのように乗り越えていったのか、開発の背景を聞いていきます。開発では、まず何から着手したのでしょうか。


小松 有樹(こまつ ゆうき)
株式会社日立製作所 AIソフトウェアサービスビジネスユニット アプリケーションサービス事業部
HMAX&AIデリバリ本部 AIデリバリ推進第一部 担当部長

小松:
法務本部から答弁支援業務の内容をヒアリングしたとき、まず驚いたのが、総会当日、担当者が株主の皆さまの質問を聞きながら、約1,000問ある想定Q&Aの中から適切なQ&Aをリアルタイムに選んで役員の手元にあるモニター画面に提示しているという点でした。エージェントがこの技を再現できなければ、プロジェクト自体が成立しません。そこで、まず速度と精度の検証から開発をスタートさせました。

——検証は、具体的にどのように進めたのですか。


川崎 勇輝(かわさき ゆうき)
株式会社日立製作所 AIソフトウェアサービスビジネスユニット アプリケーションサービス事業部
HMAX&AIサービス本部 AIプラットフォームサービス開発部 第2G 企画員

川崎:
速度と精度の両立するうえで、LLMの選定がカギを握るため、私たちはサンプルの質問音声を使用し、さまざまなLLMモデルの検証を進めました。音声を文字起こしするLLMと、質問と想定Q&Aの適合度を判定するLLMでは、求められる特性が異なります。私たちは、旧バージョンも含めテストを繰り返し、それぞれに適切なモデルを選び出すことで、エージェントが必要な速度と精度を実現できることを確認しました。

 

続いて、変則的な質問パターンに対しても、適切にQ&Aを選定できるよう検索フローやプロンプトに工夫を重ねていきました。たとえば、一つの質問に複数の論点が含まれるケースがあります。こうした場合、AIに質問を細かく分解させ、各質問に対して最適なQ&Aを選定するフローを組み込んでいます。ただし、こうしたアプローチは検索精度と応答速度の間にトレードオフが生じがちです。そのため、考慮すべき質問パターンやめざすべき品質水準について法務本部と議論を重ね、速度と精度のバランスがとれたエージェントになるよう改善を重ねていきました。


ハルシネーション抑止への多重対策

——想定Q&Aの生成時、開発では何が課題となりましたか。


榎田 侑也(えのきだ ゆうや)
株式会社日立製作所 AIソフトウェアサービスビジネスユニット アプリケーションサービス事業部
HMAX&AIサービス本部 AIプラットフォームサービス開発部 第2G 企画員

榎田:
総会での役員回答には高い正確性が求められるため、ハルシネーションをいかに抑えるかが大きな課題の一つであり、複合的に対策を講じました。

 

まず、LLMが参照するのは、RAG内にある信頼性を確認した資料だけに限定しました。また日立では、たとえば「AI」というテーマ一つをとっても、部門ごとに取り組み内容や対象が異なります。こうした似て非なる情報が混ざり込むリスクに対しても、部門ごとに参照する資料を分けることで、精度を担保しています。

 

さらに、RAG内に回答の根拠となる情報がない場合には、LLMが無理に生成を行わないよう制御しており、ユーザーには「エビデンスの不足」を明示するようにしています。

 

もちろん、エージェントが生成した回答の妥当性は人が最終的に判断します。その際、根拠となった情報や、過去の回答との比較などもあわせて表示することで、効率的な検証を支援しています。


回答作成・検証の負荷を大幅に軽減

——株主総会での実際の活用も踏まえて、「株主総会Q&A支援AIエージェント」がもたらした効果について教えてください。まず「想定Q&A生成AIエージェント」の効果はいかがでしたか。


川俣 涼(かわまた りょう)
株式会社日立製作所 法務統括本部 法務本部 商事法務グループ 主任

川俣:
このエージェントを回答作成に利用した担当者へのアンケートでは、10~30%の時間削減効果があり、利用者の全員が継続利用を希望しました。

 

私自身も法務本部の数十問の想定Q&A作成を担当していますが、昨年までは限られた時間の中で想定Q&A作成に追われ、別の株主総会関連業務との両立に苦心していました。一方、今年はまず数十問の質問をエージェントに入力し、回答のたたき台をまとめて生成させました。1問あたりの生成には5分ほどかかりますが、その間はほかの業務に集中し、回答案が出力されたらブラッシュアップに集中する、という進め方です。このように業務にメリハリをつけることで、それぞれの仕事を効率よく進められたと感じています。

 

またブラッシュアップ作業も、回答の根拠やエビデンス不足の明示によって確認すべきポイントが明らかなため効率的に進めることができ、これによって回答内容そのものの検討にも時間をかけられるようになりました。加えて、エージェントが自分では思いつかなかった切り口を示してくれるケースもあり、内容を深めるうえで役立ちました。


鈴木 渉(すずき わたる)
株式会社日立製作所 法務統括本部 法務本部 商事法務グループ 主任

鈴木:
法務本部では各部門から想定Q&Aを収集し、改めて検証を行いますが、ここでも回答の根拠やエビデンス不足の明示は非常に有効でした。

 

従来は、回答の背景や情報源を確認するために各部門へ問い合わせる場面も少なくありませんでした。一方、今年は、エージェントによって根拠情報が整理された状態で提示されるため、このような確認作業の負荷は大きく軽減されたと感じています。

 

また、各セクターやBU、グループ会社、コーポレート部門から提出されるQ&Aは、内容だけでなく記載の粒度や表現もさまざまです。これまでは法務本部がその差異を吸収しながら全体を整えていましたが、プロンプトによって一定の形式や粒度が定められたことで、全体の均質性が向上しています。取りまとめる法務本部としては、担当者や部門ごとのばらつきを整える調整作業が減ったことも、非常に大きな効果でした。

 

もう一つ、効率化という点で大きかったのが、今回エージェントにあわせて開発された「フォーマット変換ツール」です。日立では株主総会の運営を支援するシステムを導入しており、作成した想定Q&Aをそのシステムに登録する必要があります。従来は、そのフォーマットに変換する作業が必要でしたが、今回、その整形を自動化できるようになりました。こうした作業も含め効率化を図れたことは、現場として非常に助かりました。


株主総会の現場で実証された速度と精度

——実際の株主総会で「想定Q&A選定AIエージェント」を活用した手ごたえはいかがでしたか。


髙倉 佑貴(たかくら ゆうき)
株式会社日立製作所 法務統括本部 法務本部 商事法務グループ 企画員

髙倉:
株主総会当日は、4名の選定担当者に加えて、「想定Q&A選定AIエージェント」も株主の皆さまの質問に対してQ&Aの選定を行いました。人とエージェントがそれぞれ適切なQ&Aを選び、そこからさらに最終選定者が適切なものを選定し、役員に提示する流れです。

 

その中でエージェントは、人と遜色のない速度でQ&Aを選定し続けました。精度についても正答率80%*1を達成しており、こちらも人と同程度の水準でした。今後さらに精度が向上することで、より安心して活用できるようになることを期待しています。

 

一方、業務効率化という面では、今回は4名の選定担当者との並行運用だったため、想定Q&Aをすべて頭に入れるなどの準備段階の負荷そのものは、大きく変わっていません。しかし、これまで総会当日には、選定担当者だけではカバーすることが困難な各事業の細かなQ&A選定をサポートするために、各部門から複数名の担当者が参加していました。それに対して、今回はエージェントが膨大なQ&Aを素早く隅々まで検索できるようになったことで、その人数を従来比で50%削減できています。また、エージェントが人と遜色のない速度、精度でQ&Aを選定してくれることが、選定担当者の心理的な負荷の軽減につながっていると感じています。

 

今後活用を重ねる中で、エージェントの役割を明確化したうえで任せる範囲を拡大し、最終的にはエージェントと1名の最終選定者で答弁支援に対応できる形をめざしています。

 

*1 株主から寄せられた質問のうち、エージェントの対象となる20問について、役員に実際に提示されたQ&Aと比較した結果、16問(80%)でエージェントも同じQ&Aを選定。


めざしたのは業務の変革

——今回、約2か月という短い開発期間で、エージェントを実際の株主総会で活用できるレベルまで仕上げたと聞いていますが、その鍵はどこにあったのでしょう。

小松:
一番の鍵は、開発部門と業務部門がワンチームとなり、FDEの開発アプローチを取り入れ、短期間に改善を繰り返したことです。

 

エージェントの開発は、単にシステムをつくることではなく、ユーザーと一緒になって業務そのものを変革していくことだと考えています。そのためのアプローチとして非常に適しているのが、FDEの考えを取り入れた開発アプローチです。

 

今回は2週間を一つのサイクルとして、まずは小さなプロトタイプをつくり、開発側とユーザー側がともに業務のあり方を明確にしながら、エージェントを改善、成長させていきました。こうした進め方により約2か月で開発は完了し、「想定Q&A生成AIエージェント」は各部門での活用を、「想定Q&A選定AIエージェント」は株主総会本番に向けた練習会において利用を開始しました。その間も現場からのフィードバックを受け、UI変更などの要望を迅速に反映し、エージェントの完成度を高めていきました。

 

こうした開発部門と業務部門がワンチームとなって開発する進め方が、最小限の手戻りで、実務に寄り添ったエージェントを開発できた大きな要因だと思います。

鈴木:
今回、開発チームは、まず法務本部が株主総会でどのような業務を行い、どこに難しさや負荷を感じているのかを丁寧に理解するところから入ってくれました。株主総会の質疑応答支援は、一般的な業務プロセスだけでは語りきれない部分も多くありますが、そうした背景まで含めて理解しようとしてくれたことが非常に印象に残っています。そうした土台があるからこそ、その後の定例会で「こういうことがしたい」と要望を伝えると、すぐに意図をくみ取り、私たちの業務課題に即した機能を形にしてもらえたのだと思います。

 

開発部門とワンチームでシステムをつくり上げていくやり方は、私たちにとって初めての経験でしたが、このFDEの考えを取り入れた開発アプローチは、現場の課題を迅速に改善につなげ、実際の業務に根付いたシステムを実現するうえで、非常に有効な進め方だと感じました。


さまざまな重要会議の質疑応答を支援

——最後に、今回の取り組みで見えてきた可能性と、今後の展開について聞かせてください。

鈴木:
今回、長年にわたり法務本部が蓄積してきた株主総会の質疑応答サポートに関する知見やノウハウを、このエージェントに組み込みました。それによってさまざまな業務を効率化できたことはもちろんですが、私たちが最も大きな価値だと感じているのは、これまでこの業務を支えてきた「職人技」を、エージェントの支援によって、組織全体で活用できる資産へと変えられたことです。経験の浅い担当者でも一定の品質で業務に取り組める可能性が見えてきており、知見の継承と属人化の解消に向けた、大きな一歩だと感じています。

小松:
今回構築したアセットは、株主総会に限らず、さまざまな場面で生かせると考えています。たとえば、決算説明会や投資家との面談など、高い品質が求められるさまざまな質疑応答の場へ、このエージェントを展開できないか、現在検討を進めています。

 

日立では自らを「カスタマーゼロ(最初の顧客)」と位置づけ、AIを活用した変革を自社内で活発に進めています。この「株主総会Q&A支援AIエージェント」もその一つです。今後も実際の業務で活用しながらブラッシュアップを重ね、そこで得た成果やノウハウを、お客さまや社会に届けていきたいと考えています。

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