南極観測隊の命綱「発電機」を死守せよ 極限環境で躍動する日立のOTナレッジ

扉絵

2026年9月1日

南極・昭和基地で隊員の命綱となる発電設備。日立グループの技術者たちは、国立極地研究所(以下、極地研)に出向して南極地域観測隊に参加し、バトンをつなぎながら60年にわたって昭和基地の電力インフラを支えてきた。極寒の地で「絶対にインフラを止めない」OT(Operational Technology)ナレッジとは。ミッションクリティカルな現場で躍動する技術者の活躍と歴史に迫る。

極限状態で人間が活動して成果を得るためには、技術の支援と創意工夫が欠かせない。航空宇宙開発や深海調査など、歴史的なプロジェクトの背景には必ず技術と知恵の実践があった。1956年のプロジェクト始動、そして1957年の昭和基地開設から始まり、2026年に70周年を迎えた南極観測もそうした技術と知恵の集積場だ。


「止まれば凍死」 極寒の地で業務に挑む

過去に南極で記録された最低気温は-89℃。氷の厚さは4000メートルを超える場所もある。日本の主要拠点である昭和基地は大陸沿岸の島にあるため比較的温暖だが、それでも冬には-30℃を下回る日もある。食料確保さえ困難な極寒地域で、命綱になるのが発電設備の維持だ。南極観測を統括する国立極地研究所(以下、極地研)副所長 南極観測センター長の伊村智氏はこう話す。

 

「南極観測にとって、極めて重要なインフラが発電機です。エンジンで電気を作って、昭和基地の各種電気機器を稼働させています。もし発電機が止まれば、観測や通信が途絶えるだけでなく、最悪の場合は隊員の凍死に直結します。日々のメンテナンスはもちろん、警報が鳴った際に真っ先に駆け付けて修理するなど、技術力に加えて現場での臨機応変な対応力が求められます」

 

そうした発電に関わる技術とノウハウを、60年にわたり提供してきたのが日立製作所(以下、日立)だ。1966年の第8次隊を皮切りに、現在越冬中の第67次隊(2025年~2027年予定)までに延べ48人のグループ社員が極地研に出向し、南極地域観測隊(以下、南極観測隊)として活動を支えてきた。越冬隊に選ばれた社員は約1年間南極に滞在して、発電機や制御盤の維持管理を中心に各種機器のメンテナンスや技術支援を担当する。

伊村智氏 伊村智氏(国立極地研究所 副所長 南極観測センター長)

伊村氏はこれまで昭和基地に5回、他国の基地を含めて8回ほど南極を訪れ、研究者や自衛隊員、そして企業から参加した隊員などさまざまな立場のメンバーと共に活動してきた。日立は隊員の送り出しにとどまらず、極地研への計算機システムや昭和基地への発電機の納入、LAN構築支援、ネットワーク機器(ルータ)の提供など南極観測と深い関わりを持っている。日立の隊員たちについて、伊村氏は「極寒の地で発電機はまさに命綱。それを1年間、何としても止めないという責任感には本当に頭が下がる思いです」と語る。

 

南極観測の現場では、建設や通信、重機などを得意領域とする複数社から参加した技術者たちが、隊員として昭和基地のインフラを支えている。民間が培ってきた技術と学術機関の専門知識を持ち寄り、創意工夫を重ねることで世界的に価値ある成果を生み出してきた。


「地球環境そのものを調べる」 センター長が明かす成果

技術と創意工夫の一例が、南極観測船「宗谷」の改造だ。1955年に南極観測の実施が閣議決定され、1年後の第1次観測隊出発に合わせて、海上保安庁の灯台補給船として使われていた耐氷船から砕氷船に急ピッチで改造された。

 

「国際社会に復帰さえしていない当時、観測隊の派遣を決めてからわずか1年で人財や物資、船を仕立て上げ、翌年には昭和基地を作りました。当時の日本はとんでもないことをやってのけたのです。その後も各省庁をはじめ、多くの企業が束になって推進した、まさに国家プロジェクトです」

 

南極観測の成果としてよく知られているのが、南極隕石(いんせき)の発見(1969年)だ。

 

「南極隕石は小惑星や月、火星などから飛来したものです。日本の観測隊がやまと山脈という場所で偶然発見し、その後1万7000個以上を採取しました。隕石は太陽系ができたばかりのころの岩石のカケラです。これらを調査することで太陽系の成立過程が分かります。人類はまだ火星から石を持ち帰っていませんが、ここで得た隕石から火星の成り立ちを解明できます」

 

また、オゾンホールの発見(1982年)も大きな成果だ。

 

「昭和基地での大気観測中、9~10月の上空でオゾン量が大幅に減少することを発見しました。オゾン層を破壊するフロンガスが原因と判明し、発見の数年後には世界的にフロンの生産停止に向けた取り組みがスタートしました。これは人間が成し遂げた、最速で最も効果的な大気汚染防止策だと評価されています」

 

こうした成果を挙げてきた南極観測だが、近年の大きなテーマは氷床(大陸を覆う厚い氷)の融解だという。南極の氷はボリュームがあるため、気温が多少上がったくらいでは融けない。しかし近年は「温暖化による気温上昇によって暖まった海水が氷の下に潜り込み、氷床を下から融かしている」と伊村氏は説明する。

 

「氷床が全て融解すると、約60メートルの海面上昇を引き起こします。これは関東平野がほとんど水没する規模です。現在は氷床コアを掘削して分析し、過去の気候変動と今後の氷床融解の予測に取り組んでいます」

南極観測の主な成果 南極観測の主な成果(提供:国立極地研究所)

このように南極観測は地球環境そのものを調べる研究だ。伊村氏は「国際情勢が厳しい中でも観測を続けることが大事です。次の100年を見据えて隊員を送り、地球がどう変わるかを知る材料を獲得する。さらなる挑戦が求められています」と訴える。


大みか事業所のDNAは昭和基地でどう生きているか

上述したように南極観測を技術やノウハウの面で支えてきた企業の1社が日立だ。第8次隊から隊員を送り出しており、第43次隊(2001年~2003年)以降は主に大みか事業所で品質保証を担当する部門がその役割を担っているという。制御システムQAセンタの井上高志氏はこう話す。

 

 「大みか事業所は、電力や鉄道、公共・産業など社会インフラを中心とした情報制御システムの製造、運用保守を担っています。発電・送配電や列車の運行制御、水の供給、製鉄所の生産システムなどです。システムを納入して終わりではなく、お客さまの現場でインフラの維持・運用をサポートすることを使命としています。そうした遠隔地でのサポート力が評価され、昭和基地の発電機を動かし続けるために品質保証の人間を送り出してきた歴史があります」

 

 井上氏は2003年~2005年の第45次隊員として、伊村氏とともに南極観測に参加した。日立の隊員の主な仕事は、昭和基地の発電棟にある発電機制御盤のメンテナンスだ。他企業の隊員と共に、機械隊と呼ぶチームを構成する。

井上高志 井上高志(日立製作所 インフラ制御システム品質保証本部 制御システムQAセンタ)

昭和基地では2台のディーゼル発電機を交互に切り替えて電気を供給する。制御盤を使って定期的に一方のエンジンを停止し、もう一方を運転させるが、見た目が同じで間違えやすいという課題があった。そこで役立ったのが日立のノウハウだ。井上氏はこう話す。

 

「停止操作するエンジンを間違え、全域停電を引き起こす事例が発生していました。そこで先輩たちが工夫したのが、一目で見分けるための制御盤の色分けです。手順書も1号機は緑色、2号機は黄色で記載した上で、大声での指差呼称やダブルチェックを実施しています。こうしたOT分野のドメインナレッジとして受け継がれてきた工夫が、昭和基地にもうまく適用されています」

 

発電機のメンテナンス以外にも、衛星通信の導入、コンクリート基礎補強やアンテナ設置、機器室工事などを支援している。電機メーカー出身として電源配線関係の作業を担当した井上氏だが、専門外の仕事も多数経験できたと振り返る。

 

「機械隊員は、重要設備の稼働状況を持ち回りで確認します。発電機だけでなく、水回り設備や冷凍庫など多数の設備があり、分かりやすい手順書の重要性をあらためて感じました。車両点検や除雪、火災報知機の点検など職場では日頃行わない作業もメンバーそれぞれの得意分野を生かして協力し、運用する大切さを学びました」


OTナレッジを南極の現場に適用 若手育成の機会にも

日立にとって観測隊への参加は、若手エンジニアやリーダーの育成の機会にもなっている。田端志野氏は、電力会社向け保護リレーユニット開発試験を担当するエンジニアで、2023年~2025年の第65次隊員として参加した。同氏は、越冬中に直面した危機的状況から大きな学びを得たという。

田端志野 田端志野(日立製作所 インフラ制御システム品質保証本部 品質保証第一部 変電システム品質保証グループ)

きっかけは、燃料タンクとホースをつなぐ「カムロック」が経年劣化で割れたことだ。燃料が漏れ出し、これから始まる越冬生活に必要な燃料確保が危ぶまれる事態だった。

 

「現場には私と補助者、自衛隊のみでした。自身の専門領域外の予期せぬトラブルであり、単独での対処はリスクが高い状況です。そこで変に見えを張らず、速やかに自衛隊へ協力を要請する決断をしました。共に知恵を絞り、カムロックを隣接するホースに交換して無事に送油を再開できました」

 

この経験から、田端氏は「素直さ」の重要性を痛感したと振り返る。

 

「機械隊としてある程度の知識は期待されますが、専門外の事象も必ず起きます。その際、業務の混乱や人命の危機を招くことは絶対にあってはなりません。重大な責任を伴うからこそ、恥を忍んで素直に応援を要請し、有識者の知見を得て早急かつ着実に進めることが大切だと学びました」

 

観測隊としての出向が始まった60年前と比べ、現在の日立はIoTやデータなどのデジタル領域へ事業の主軸を広げている。そのため、物理的な保守を直接担う機械隊の任務は、現代のエンジニアにとって日頃の業務と直結しない場面もある。しかし、社会インフラを根底で支える日立の使命は変わらない。現場の最前線でインフラを守り抜く経験が、原点であるモノづくりの精神を再確認させ、大きな成長の糧になると田端氏は語る。

 

2024年~2026年に第66次隊員となった田村旺大氏にも、その意志は引き継がれている。元隊員である配属先の上司の話に感銘を受け、自らも隊員を志した田村氏は、役に立たないと思っていた業務経験が南極で生きたと明かす。

田村旺大 田村旺大(日立製作所 インフラ制御システム品質保証本部 品質保証第一部 部品品質保証グループ)

「導入した観測機器が稼働開始から2カ月程度で故障しました。原因を調査すると、内部の基板に問題がある可能性が浮上したのです。確認してみると、私が品質保証の業務で直面した事象と全く同じ不具合でした。当時の知見を生かして修理を施し、無事に稼働を再開できました。この一件で観測系の隊員から感謝され、以降は『基板のトラブルなら田村に聞け』と頼りにしてもらえました。真摯に積み上げた経験は決して裏切りません。帰国後も、この視点を忘れずに業務に向き合っています」

 

南極観測と日立の歩みはこれからも続く。伊村氏は日立への期待をこう話す。

 

「南極観測において、日立には大きな信頼を寄せています。その上で期待しているのは、新しい技術開発や制御システム開発など、南極でしかできない日立ならではの価値の創出です。そのためにこれからも手を取りあって歩みを進めたいですね」

 

社会インフラを根底で支える日立のOTナレッジは、南極における技術と知恵の実践を今後も高度化するだろう。

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