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第6回|MESSAGE 原子力を巡る現状に、現場とファクトで向き合う――日立の原子力事業から見えた、信頼を積み重ねるということ

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第6回|松井 康真がゆく原子力最前線 ~現場×対話で読み解くエネルギーの行方~

2025年度の特別企画シリーズ「松井 康真がゆく原子力最前線 ~現場×対話で読み解くエネルギーの行方~」では、日立GEベルノバニュークリアエナジー社長、久持 康平へのインタビューに始まり、原子力発電の現場取材として中国電力島根原子力発電所3号機、茨城・日立エリアの事業所や研究所、東京電力福島第一原子力発電所、番外編としてHSIF2025 JAPAN, OSAKAと大阪・関西万博などを松井 康真氏が巡ってきました。

エネルギーを取り巻く環境が大きく変化し、原子力発電所の再稼働に向けた動きも加速したこの一年、松井氏には理系アナウンサーとしての経験と知見を生かし、日立グループの原子力事業、研究開発、エンジニアリング、歴史、人財などについて掘り下げて伝えていただきました。

ここでは、松井氏本人からのメッセージとして、原子力を巡る現場取材と対話を通じて見えてきた事実(ファクト)を踏まえながら、シリーズ全体を振り返っていただきます。

なお、本特別企画は、多くの皆さまの関心に支えられ、2026年度も継続いたします。今後も松井氏と共に、原子力発電の現状と将来、そして日立の原子力事業における挑戦を分かりやすくお伝えしてまいります。ぜひご注目ください!

現場を再訪して気づいた、原子力事故対応で見えていなかった事実

第1回でもお話ししたように、私は福島第一原子力発電所の事故をきっかけに原子力事故専門の記者となりました。以来、約4年にわたって原子力事故の報道に深くかかわったのち、後進の育成のために道を譲りました。その後は、宮内庁担当や、新たに設けられた気象災害担当などとして報道に携わっていましたが、福島第一原子力発電所の報道に関しては資料提供や企画のサポートなどにとどまり、ここ10年程は福島第一原子力発電所の敷地内には足を踏み入れてきませんでした。状況が気になってはいたものの、後輩を育てるためにも、あまり自分がでしゃばってはいけないと思っていましたから。そのため今回、久々に再訪し、原子力事故対応の現場をこの目で見て、体感して、「ここまで来たんだな」と確認できたことは、私にとっても格別の経験となりました。

と同時に、自分には「見えていなかったもの」が多かったことにも気づかされました。事故当時、すべての取材は基本的に東京電力を通すように求められ、協力会社には取材ができなかったこともあり、結果的に私たち報道側の視界には東京電力しか見えていませんでした。

しかし今回、久持 康平社長をはじめとする日立の方々に取材を重ねる中で、実は事故対応の現場のど真ん中に日立をはじめとするメーカーの技術者がいた、各社の技術があったという事実を、あらためて突きつけられたように感じています。考えてみれば東京電力だけで何もかもできないのは当たり前で、日立や多くの協力会社、関連会社があって発電所は成り立っています。そこには、多くの人の営みがあります。そのことを見ているつもりで、ちゃんと見えていなかった。もっと踏み込んで取材をして、「現場の人の声」を世の中に伝える役割を果たすべきだったと、今になって反省しています。原子力事故対応を巡るファクトを伝えるという意味でも、自分ごととして考えてもらうという意味でも、「誰が、どんな覚悟でそこにいたのか」を伝えなければならないと実感しました。

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原子力を巡る現状に向き合うために、ファクトを積み重ねる

事故以降、日本社会において、原子力発電は不安を伴う、扱いが難しい問題となりました。もちろん、以前も言ったようにあのような事故を二度と起こしてはいけないのは当然のことです。ただ一方で、処理水の海洋放出の取り組みなどを見ていると、個人的には「そこまでやる必要があるのだろうか」と感じる部分もあります。処理水に含まれるトリチウムは通常の原子力発電所でも運転に伴って発生するもので、基準値以下に薄めて海や大気中に放出するということは世界中の原子力発電所で普通に行われています。福島第一原子力発電所からの海洋放出では、WHO(世界保健機関)の国際的な飲料水水質ガイドラインよりもはるかに厳しい値を設定して、しかも沖合に放出するということを行っています。そうした配慮をしないよりはしたほうがいいこと、風評被害や「安心」のための対策であることは理解できます。ただ、そこに時間とコストをかけることが必要なのかという疑問は、正直言ってあります。

大切なのは、イメージではなく数字やデータをきちんと出し、ファクトを積み重ねることです。

ただ、事故から15年が経過して、一般の皆さんの関心は薄れています。「大変ですよね」、「大事なことですよね」とは言いつつも、多くの人はほとんど興味を持っていない。そのため、「よくわからない」とか「なんとなく不安」という印象のまま止まっている人も多いのではないかと思います。

そうした状況でも原子力発電所の廃炉作業は進んでおり、実際に日立の皆さんは現場での作業や技術開発に真摯に取り組んでいます。そのことをわかってもらえるように、「きちんとやっています」、「今はこうなっています」と伝え続けることが大切ではないかと思います。ファクトを知れば、理解は広がるはずです。

今は情報発信の手段も増えていますから、企業がみずからの言葉で発信するということもあっていいでしょう。信頼できる発信元が、自分たちの立場を明確にし、原子力に関する正確なデータを示しながら語るのであれば、それは社会にとって必要なコミュニケーションです。

日立が愚直に積み重ねてきた、原子力の安全と信頼

このシリーズを通じて大勢の日立の方々と話し、原子力事業に携わる企業としての日立に対して、私が抱いた印象を一言で言えば「愚直」です。この言葉はネガティブに捉える人もいるかもしれませんが、私としては最大級の褒め言葉として、あえて使っています。

久持社長は肝が据わっておられるという印象で、私の変化球のような質問にも誠実に答えてくださいました。島根原子力発電所3号機の建設現場では、原子力の安全確保のために、完成間近だった設備を、新しいルールに従ってつくり直すことに黙々と取り組んでいました。福島第一原子力発電所では、なかなか先の見えない廃炉という作業と根気よく向き合っていました。それらの現場の方々からは、原子力の安全と信頼をひたむきに追求する姿勢が感じられました。

日立市にあれだけ大きな研究施設をつくり、研究にしっかり投資をしてきたこと。技能五輪に象徴される技術者の育成。技能を磨き、伝承し、モノづくりの信頼と品質を支えていく地道な取り組み――。原子力のように三十年、五十年単位で安全と信頼の責任を負う分野では、そうした愚直なまでのひたむきさが必要なのだと思います。短期的な利益、一時の効率や流行を追わず、長い時間軸で考える技術や事業を日立は引き受けてきた。その重みを、現場を見て実感しました。

創業の地である日立市との共創プロジェクトも、次世代未来都市をめざす、息の長い取り組みとのことでした。人口減少をはじめとする課題に直面しているのは日立市だけではありません。企業と自治体が真正面から向き合い、成功例をつくることができれば、それは全国にとっての希望になります。日本の地方都市がこれからどう持続していくかを考える上で、大きなヒントになると思います。

原子力もまちづくりも、日立のような総合企業が持つ技術力と長期視点という軸が1本通ることで、展望が開けるのではないかと感じました。

原子力と社会に向き合い続けてきた日立への、ひとつの願い

このシリーズでは小型軽水炉、革新軽水炉、メタバースなどのデジタル技術の活用といった原子力の未来を拓いていく技術についても知ることができました。

福島第一原子力発電所の廃炉は、状況が改善したとはいえ、終わりが見えたわけではなく、私たちの世代から、次の世代へと責務は続いていきます。その現実は変わっていない一方で、AIの進展によって電力需要が急増する中、当面のエネルギー問題を考える上で原子力の活用は不可欠です。だからこそ日立には、原子力の未来の可能性や、その意義を社会に示し続けてほしいと思っています。

残念ながら、原子力に悪いイメージを持っている人が一定数いらっしゃるのも事実です。その誤解を解きたいと、理工科系出身者の端くれとしてずっと思ってきました。反対か賛成かという話ではなく、今、世の中に原子力発電というエネルギー技術があり、少なからぬ役割を果たしているという事実を広く理解していただきたい。安全を最優先した上で、「とにかく原子力はNG」というような思考停止に陥ってほしくないと願っています。

そのためにも、理工科系の視点や知識を生かし、原子力を巡るファクトに基づく情報発信を行っていくことが、私の役目の一つであると考えています。このシリーズの取材を通じて、日立が原子力の安全と品質を支える努力を、見えないところで、原子力に逆風が吹く中でも、しっかり続けてきたことを知り、そうしたことをもっと広く知ってほしいと感じました。私個人の発信力には限界があるかもしれませんが、廃炉の現状などについても、今後も愚直に伝え続けていきたいと、思いを新たにしています。

日立という会社については、たまたま実家の家電がほぼすべて日立製品だったこともあり、もともと親しみを持っていました。そして今回、多くの技術者や研究者と対話させていただく中で同じ理工科系として通じ合うものを感じ、強い親近感を抱くようになりました。娘の暮らすロンドンで日立の鉄道車両がたくさん走っているのを見て嬉しくなったりして、気がつけば私は日立の個人的な応援団の一人になっています。

技術に誠実であろうとする姿勢には、人は自然と信頼を寄せるもので、その信頼の積み重ねが未来を築いていくのだということも、このシリーズを通じて強く感じたことの一つです。

私自身、知的好奇心が刺激される楽しい時間を過ごさせていただきました。記事を読んでくださった皆さまにも感謝申し上げます。ありがとうございました。

松井 康真 氏
フリーアナウンサー・ジャーナリスト

富山県南砺市(井波町)出身。富山県立高岡高校卒業。東京工業大学(現 東京科学大学)工学部化学工学科卒業。

1986年 テレビ朝日にアナウンサーとして入社。「ミュージックステーション」でタモリさんと組んでMC、
「ニュースステーション」ではスポーツキャスターを担当、「ステーションEYE」、
「ワイドスクランブル」、「やじうまプラス」などで報道情報キャスターとして活躍。
2008年 テレビ朝日アナウンサースクール「アスク」学校長。在職中の2年間の指導で全国に100人以上のアナウンサーが誕生。
2011年3月の東日本大震災を契機にアナウンス部から報道局原発事故担当記者に異動。
その後に宮内庁担当、気象災害担当、コメンテーターを歴任。
2023年 テレビ朝日退社後に個人事務所「OFFICE ユズキ」を設立。
株式会社タミヤ模型史研究顧問、富山県南砺市アンバサダー、株式会社獺祭メディアアドバイザー。

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