知のエグゼクティブサロン 2026年度 第1・2回レポート

【第1回】「教養とは何か」 教養とは「心の体幹」を鍛えること――変化の時代に、どう生きるかを問い直す

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2026年9月28日

各界の有識者がリソースパーソンとして話題を提供し、ビジネスリーダーとの対話を通じて思考の前提を問い直していく「知のエグゼクティブサロン」。多摩大学サステナビリティ経営研究所主催によるこの学びの場が、2026年度はLumada Innovation Hub Tokyoに舞台を移し、4月から12月にかけて全8回開催される。

 

Digital Highlightsでは、「知のエグゼクティブサロン」各回の概要をレポートしていく。連載の開始にあたり、リソースパーソンとして参加している日立製作所 Lumada Innovation Hub Senior Principal加治 慶光より、次のメッセージが寄せられた。

【加治からのメッセージ】

正解のある問題を解く能力においてAIが人間を超えつつある今、私たち人間に問われているのは「自らの価値観に照らし、どう生きるか」を選択する力です。堀内 勉氏がコーディネーター代表を務める本サロンは、一方的に知を授かるのではなく、参加者同士のフラットな対話を通じて「答えのない問いに向き合う自分なりの軸」すなわち「教養」を育む場です。

世界トップのフィジカルAIの使い手を標榜し、協創による社会インフラの革新を進める日立にとっても、先進的な知に学び、根源的な問いを「考え続ける」ことは不可欠です。本連載の読者の皆様にとって、この記事が糸口となり、ともに学び、より良い未来を創造していく契機となることを心より願っています。

第1回と第2回では、サロン全体に通底する問いが投げかけられた。第1回ではサロンを主宰する堀内 勉氏がリソースパーソンを務め、哲学や思想の枠組みを手がかりに「教養とは何か」、「なぜ今、教養が必要なのか」を問い直した。第2回ではその問題意識を引き継ぎ、ゲノム人類学とタンパク質科学の最前線から「人間とは何か」を考え、「科学をいかに制御するのか」へと議論が展開した。


人類の根源的な問いから始まる教養

第1回は、ディスカッションに先立ち、「教養」について考える堀内 勉氏の講演が行われた。講演は、まず人類の知の歩みを辿ることから始まった。古代ギリシャでは、人間や世界の根源は何かという問いから哲学が生まれ、多様な学問の基礎となった。「万学の祖」と呼ばれるアリストテレスは、「すべての人間は生まれつき知ることを欲する」と述べている。そうした根源的な知への欲求を象徴する作品として、堀内氏はポール・ゴーギャンの代表作「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」を挙げる。

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「生き方」そのものが問われる時代

では、なぜ今、教養が必要なのか。

 

堀内氏によれば、かつての社会では進むべき方向が明確で、与えられた目標に向かって努力すれば成果につながっていた。しかし今は、「何をするのか」だけでなく、その理由や目的まで、みずから考えなければならない時代になっている。

 

かつてのように会社と個人は一体ではない。近年、企業のパーパスが盛んに語られているが、その前提となるのは個人のパーパスである。経営の土台として、「何のために働くのか」、「幸福な人生とは何か」という個の問いに向き合う必要が生じている。

 

そのため、ビジネスに必要な学びも、人事・組織・財務といった経営知識、あるいは経済学・社会学だけでは、もはや十分ではない。「生き方」そのものが問われる時代になっているのである。

 

近代化の過程で、宗教が与えてきた魔術的な世界観は弱まり、人間は理性をよりどころにするようになった。しかし、二度の世界大戦やホロコーストは、人間が必ずしも理性的な存在ではないという事実を突きつけた。そこで生まれたのは、われわれは一体、何に依拠して生きていけばいいのかという問いだった。

外部と内部の二重の制約から自由になる

堀内氏はここで、メルロ=ポンティの「身体性」に言及する。人間は頭の中だけで世界を理解しているのではなく、身体を通じて世界とつながり、その関係性の中で生きている。そうした視点が堀内氏の考える「教養」において重要なのだという。

 

私たちは、会社での肩書、家族の中での役割、性別といった枠組みや、資本主義という巨大なシステムにとらわれて生きている。資本主義はフロンティアを開拓しながら全世界化し、私たちの価値判断を深く規定してきた。「儲かるかどうか」という資本主義の物差しが社会を覆い、教養さえもがビジネスで勝つための道具として資本主義に取り込まれている。

 

こうした外部の枠組みに加え、私たちは学歴や出自、人種、容姿、性差などに対する思い込みという内面の制約も抱えている。外部と内部の二重の制約から、どうすれば自由になれるのかが次の課題となる。

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学び、考え、実践する

その課題と向き合うために必要なのが「教養」なのである。生き方そのものが問われる時代において「善く生きる」には、まず、出口 治明氏や大前 研一氏が説くように「人との出会い」が大切だと堀内氏は言う。この考えは知のエグゼクティブサロンの意義と重なる。どのような人と時間を共にするかは、私たちの思考や生き方を大きく左右する。異なる背景を持つ人と出会い、対話を重ね、自分の思考の枠を揺さぶられる経験が、教養を生きたものに変えていく。

 

さらに、仏教の「自灯明・法灯明」という考え方を堀内氏は提示した。お釈迦様は亡くなるとき、弟子たちに、誰かから正解を与えてもらうのではなく、みずからを灯とし、学びによって得た大きな真理を灯として歩むよう説いたとされる。内面にある制約や外から与えられた物差しだけに従うのではなく、自分の判断軸をつくることが、「善く生きる」ための土台となる。

 

教養は、そのような自分の判断軸をつくるものだ。教養とは、人類が積み重ねてきた知の体系を学び、それをもとに考え、考えたことを実践し「身体知」にすること。これは仏教の「三慧(さんえ)」の教えに通じ、知識を飾りとして身につけるのではなく、自分自身の判断と行動を支える軸にすることである。つまり教養とは「人間としての心の体幹を鍛えること」だと堀内氏は結論づける。

 

変化が激しく、これまでの正解が通用しにくい時代だからこそ、何をよりどころに判断し、何を選び、どう生きるのかが問われている。第1回は、その問いに向き合うための土台としての本質的な「教養」の意味を、あらためて考える時間となった。


参考資料:堀内氏が講演で言及、あるいはその中の言葉を引用した書籍および映画

『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』堀内勉

『形而上学』アリストテレス

『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ

『歴史の起源と目標』カール・ヤスパース

『国富論』アダム・スミス

『全体主義の克服』マルクス・ガブリエル/中島 隆博

『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』 マックス・ウェーバー

『方法序説』 ルネ・デカルト

『ツァラトゥストラはかく語りき』 フリードリヒ・ニーチェ

『夜と霧』 ヴィクトール・フランクル

『エルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告』『全体主義の起源』 ハンナ・アーレント

『存在と無 現象的存在論の試み』 ジャン=ポール・サルトル

『野生の思考』 クロード・レヴィ=ストロース

『知覚の現象学』 モーリス・メルロ=ポンティ

『わが孫たちの世代の経済的可能性(『説得論集』所収)』 ジョン・メイナード・ケインズ

『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』 デヴィッド・グレーバー

『21世紀の資本』 トマ・ピケティ

『資本論』 カール・マルクス

『金持ち父さん貧乏父さん アメリカの金持ちが教えてくれるお金の哲学』 ロバート・キヨサキ

『モダン・タイムス』 チャーリー・チャップリン(監督・脚本・製作・作曲・主演)

『収容所群島』 ソルジェニーツィン

『ワイルド・スワン』 ユン・チアン

『ソクラテスの弁明』 プラトン

『ニコマコス倫理学』 アリストテレス

『自省録』 マルクス・アウレリウス

『社会という荒野を生きる。』 宮台 真司

『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか』 山口 周

『君たちはどう生きるか』 吉野源三郎

『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』 鴻上 尚史

『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』 鈴木 忠平

『ホワイトカラー消滅 私たちは働き方をどう変えるべきか』 冨山 和彦

『後世への最大遺物』 内村 鑑三

『どんなことが起こってもこれだけは本当だ、ということ。』 加藤 典洋

『虫眼とアニ眼』 養老 孟司/宮崎 駿

『新約聖書 ルカによる福音書 ヨハネ福音書』

『イノベーション・オブ・ライフ  ハーバード・ビジネススクールを巣立つ君たちへ』 クレイトン・クリステンセン

『二項動態経営』 野中 郁次郎

『Invent & Wander』 ジェフ・ベゾス

『人新世の「資本論」』 斎藤 幸平

『ゼロ・トゥ・ワン』 ピーター・ティール


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