第8回|AI時代を支えるエネルギーシステムと原子力の進化―HSIF2026 JAPANレポート【前編】
2026年9月3日~4日、日立製作所は、日立グループ最大規模の年次イベント「Hitachi Social Innovation Forum 2026 JAPAN(HSIF2026 JAPAN)」を東京国際フォーラムで開催しました。会場では、日立グループの最新技術や製品・ソリューションの展示に加え、パートナー企業や有識者を迎えた各種セッションを実施。フリーアナウンサー・ジャーナリストの松井 康真氏は、初日のビジネスセッションでモデレーターを務め、翌日は展示会場を取材しました。この2日間の模様を2回にわたってレポートします。
前編では、德永 俊昭執行役社長兼CEOの基調講演と、エネルギーとAIをテーマにした議論を通じ、AI時代の電力需要と、それを支える持続可能なエネルギーシステムのあり方を考えます。
開催初日、德永社長は「フィジカルAIで進化する社会インフラ~日立の『デジタルインフラ』最前線~」と題して基調講演を行った。德永社長は、フィジカルAIはロボットに限らず、産業の現場を構成するさまざまな機器がデータから学び、考え、状況に応じてみずから判断する「自律化」を実現するものであると説明。人手不足が深刻化する中、社会インフラをより自律的に進化させる「デジタルインフラ」への転換を進める方針を示した。
日立はAIとデータにドメインナレッジを組み合わせ、社会インフラの課題に応える次世代ソリューション群「HMAX™ by Hitachi」を提供しており、すでに鉄道分野、半導体製造、エネルギー分野などで保守コスト削減や開発期間短縮、稼働率向上などの効果を上げている。基調講演ではデータセンター事業者向けHMAXなど、三つの新たなHMAXの提供開始も発表した。
さらに、NVIDIAとの協業を加速し、フィジカルAIの社会実装を進めることで、環境・幸福・経済成長が調和する「ハーモナイズドソサエティ」の実現をめざす考えを示した。
松井氏がモデレーターを務めたエネルギー分野のビジネスセッションは、「エネルギー×AIで拓く持続可能な未来」がテーマ。東京電力ホールディングス株式会社 上席フェローの岡本 浩氏、NVIDIA ストラテジックアカウント本部 本部長の齋藤 弘樹氏をゲストパネリストに迎え、日立製作所のエナジーセクターCEO、アンドレアス・シーレンベックと、AIの可能性とエネルギー社会の未来を展望した。
松井:まず、シーレンベックさんに伺います。日立グループはどのようにエネルギーシステム全体の最適化に貢献していくのでしょうか。
シーレンベック:この数年、産業・交通・建物の電化にデータセンターの急激な拡大が加わり、電力需要は予想を大きく超えて伸びています。現在、世界各地で計画されているデータセンターは受電容量がギガワット級になっており、例えば3ギガワットなら原子力発電所およそ3基分(※1)に相当する電力を必要とします。一方で、発電所や送電網の整備には時間がかかり、設備の老朽化も課題となっています。信頼性が高く、手頃な価格で、脱炭素で持続可能なエネルギーを大量に、しかも迅速に届けることは簡単ではありません。
日立は、電力網の信頼性・効率性向上、自動化、高電圧機器、変圧器、そして原子力などにかかわる技術やサービスを提供しています。それらを生かし、発電から送配電、利用までのエネルギーシステム全体を包括的に捉え、最適化に取り組んでいます。
AIは電力需要増の要因である一方、エネルギー設備の状態予測や電力網の運用最適化に役立つ強力なツールになります。日立は電力設備などから得られるデータとAIを活用するソリューション「HMAX Energy」により、お客さまの重要なエネルギーインフラの保守や運用の高度化を支援。設備の稼働率向上や安定運用に貢献することにより、エネルギーが直面する課題に応えています。
日立製作所 執行役専務 エナジーセクターCEO 兼 パワーグリッドビジネスユニットCEO アンドレアス・シーレンベック
松井:次に、東京電力ホールディングス上席フェロー、岡本 浩さんに電力システムの将来構想についてお話しいただきます。
岡本:私たちが提唱している「ワット・ビット連携」は、人体をモデルとしたインフラ構想です。電力インフラを「血管」、情報通信インフラを「神経」に見立て、両者を一体的に整備・運用していく考え方です。AIの普及で電力需要は増えますが、計算を行う時間や場所をずらすことで電力系統の安定化にも貢献できます。
また、データセンターではGPUから大量の熱が発生します。私たちは、その排熱を工場や地域で熱源として有効活用する実証にも取り組んでいます。将来は、電力・情報・熱を一体で捉え、フィジカルAIやスマート工場を支えながら、地域の中でエネルギーを効率よく循環させていきたいと考えています。
東京電力ホールディングス株式会社 上席フェロー 岡本 浩 氏
松井:続いて、NVIDIAの齋藤 弘樹さんより、AIの進化とエネルギーへのインパクトについてお話しいただきます。
齋藤:AIは今やエネルギーや通信に並ぶ重要な社会基盤です。私たちはAIをエネルギー・チップ・インフラ・モデル・アプリケーションの5層で捉えており、エネルギーの利用効率を高める日立との取り組み、チップの技術革新、データセンターへのリファレンスデザイン(参照設計)の提供などを通じ、エネルギー効率のよいAIインフラ構築を支えています。
生成AIが基盤モデルから推論モデル、自律型エージェントへと進化する中、求められる処理能力は100倍、1000倍と急増しています。NVIDIAではAI向けプラットフォームの高性能化を進め、GPUアーキテクチャ(内部設計)は2022年のHopperアーキテクチャと比べBlackwellアーキテクチャは処理能力が2倍、最新世代のVera RubinプラットフォームではBlackwellと同じ電力で10倍のAI処理が可能になりました。チップとシステムの両面でエネルギー効率を高め、AI活用を支援していきます。
松井:OCCTO(電力広域的運営推進機関)によると、国内ではデータセンターと半導体工場の新増設に伴う最大需要電力が、2035年度には2026年度の約9倍(※2)になると見込まれており、特に東京圏は大幅な増加が見込まれています。このように多くの電力を必要としながら、日本国内にAIデータセンターを整備する意義は何でしょうか。
齋藤:国際競争力の維持には、日本独自のデータを活用し、独自のモデルを持つことは欠かせません。そのための計算基盤を整備することが必要です。私たちが「AIファクトリー」と呼ぶAIデータセンターは、発熱量の大きいGPUを利用するため熱設計や冷却システムを高度化し、稼働率より消費電力あたりのAI処理能力の最大化を重視しています。今後数年でAIエージェントの処理量が急増すると予想される中で、AIの処理能力は企業の収益に直結する重要なポイントになることから、そうしたAIファクトリーの整備には大きな意義があると考えます。
NVIDIA ストラテジックアカウント本部 本部長 齋藤 弘樹 氏
松井:AIデータセンターによる電力需要の拡大と安定供給をどう両立させればよいのでしょうか。
岡本:データセンターへの送電設備の建設には、人手も時間も必要です。特に送電線の設置では地域の合意形成が不可欠なのですが、その速度がAIの進化の速度に追いついていないことが大きな課題です。そこで、データセンターの立地を受電容量に余裕のある変電所の近くにしていただくことを推進しており、さらにグリッドの空き状況に応じた運用の調整、蓄電池による柔軟な電力利用などをお願いしていきたいと考えています。
松井:電力の需要増と安定供給の両立に、日立はどう貢献していきますか。
シーレンベック:電力系統は高速道路に似ていて、混雑する時間と余裕のある時間があります。通常、約80%の時間帯では最大容量の20%程度しか電力が使われていません。最大需要だけを見て供給側の設備を増強するのではなく、データセンター側、つまり需要側にも自前の電源や調整能力を備えてもらい、電力網との調整を図ることが必要です。
日立には、蓄電設備やコージェネレーションシステム、周波数変換装置、HVDC(高圧直流送電)システムなど、電力の利用と供給を制御する技術があります。発電・送電・需要という従来の区分を超えて、エネルギーインフラの安定を支える仕組みをつくっていくことが重要です。
松井:AI技術はどう進化していくのでしょうか。
齋藤:AIは質問に答えるツールから、人と協力して自律的に業務を実行する「働く同僚」へ進化し、さらにロボットや設備を動かすフィジカルAIへと広がっています。生成AI、エージェントAI、フィジカルAIは置き換わるのではなく、同時に進化し、連携していくことになるでしょう。そうした動きを見据え、日立とNVIDIAは複数のエージェントを統合制御する基盤の開発で協業することを発表しました。また、日立の社会インフラ知能基盤モデル「IWIM(アイウィム)」と「NVIDIA Cosmos™」を接続し、フィジカルAIの安心・安全な制御の検証なども行っていきます。これによってフィジカルAIの社会実装が進むと考えています。
松井:電力の現場でのAI活用は、どこまで進んでいますか。
岡本:人口減少で仕事の担い手が減っても、インフラは簡単には減らせません。少ない人数で業務品質を維持していくために、画像による設備の状態診断などですでにAIを活用しており、今後は、さらに系統の復旧計画の策定なども含めAI活用範囲を広げてオペレータの減少に備えなければなりません。電柱などのアセットを撮影して投稿すると報酬が得られるゲーム「ピクトレ」を提供し、集まった画像をAIで分析し異常発見につなげたりもしています。
これは個人的な意見ですが、フィジカルAIがもっと進化すると、現場の人が必要なロボットを自分でつくり、みずから作業を改善できるようになるかもしれません。
松井:AIはエネルギーインフラにどのような実装価値をもたらしますか。
シーレンベック:私たちはすでにAIを活用して大きな成果を上げています。HMAXの適用により、設備の状態に応じて保守の時期を最適化することで、作業量を削減し、少ない人数での品質維持を可能にしています。系統運用でも、大量のデータから問題の兆候を捉え、運用担当者の判断を支援しています。これらはフィジカルAIの実例と言えるでしょう。将来は、電力の需給調整においてもAIの活用が広がるはずです。また、HVDCシステムの導入では、想定される系統状態のシミュレーションに通常1年かかるところ、AIを使った試行で半分以下に短縮できました。変電所の効率的な機器配置なども支援でき、電力設備の建設の早期着工につながります。
松井:岡本さん、この先、電力は足りるのでしょうか。
岡本:長期の需要予測には大きな不確実性があります。東京電力エリアにおけるデータセンターの申し込みは昨年度末で、18ギガワットありますが、稼働の遅れや省エネルギー化で下振れする可能性もありますし、AI利用の拡大で上振れする可能性もあります。大切なのは「不確実性への備え」です。例えば、既存の火力発電所も性急に廃止せず、将来の選択肢として残すなど、今あるインフラを上手に使いながら、新しいものに皆で投資していくことが大切だと考えます。
齋藤:私たちもパートナーと一緒にエネルギー効率の向上に取り組んでいますが、AIの需要も増え続けるでしょう。電力会社や日立との協力が、ますます重要になると考えています。
松井:AIは電力を必要とし、電力はAIで賢くなる。その相互作用を通じて、需要、供給、インフラを社会全体で最適化することが、次世代のエネルギーシステムの形をつくっていくのですね。皆さま、本日はありがとうございました。
モデレーターを務め終えた松井氏は、ビジネスセッションを振り返り、次のように話す。
「AIによる社会の革新にはAI向けのデータセンターが不可欠であり、データセンターのエネルギー効率向上とともに、エネルギーの安定供給も不可欠であることがよくわかりました。AIで送電網を賢くすることに加え、電源の拡充も必要です。その意味で、安定した脱炭素電源である原子力発電の必要性も高まっていると言えるでしょう。明日は、その原子力関連のエリアを中心に、展示会場を取材します」
(※1) 一般的な大型原子力発電所1基の出力(100万kW=1GW)を基準とした目安。
(※2) OCCTO「2026年度 全国及び供給区域ごとの需要想定」による。データセンター・半導体工場の新増設に伴う最大需要電力の個別計上分は、2026年度の83万kWから2035年度には762万kWに増加する見通し。
松井 康真 氏
フリーアナウンサー・ジャーナリスト
富山県南砺市(井波町)出身。富山県立高岡高校卒業。東京工業大学(現 東京科学大学)工学部化学工学科卒業。
1986年 テレビ朝日にアナウンサーとして入社。「ミュージックステーション」でタモリさんと組んでMC、
「ニュースステーション」ではスポーツキャスターを担当、「ステーションEYE」、
「ワイドスクランブル」、「やじうまプラス」などで報道情報キャスターとして活躍。
2008年 テレビ朝日アナウンサースクール「アスク」学校長。在職中の2年間の指導で全国に100人以上のアナウンサーが誕生。
2011年3月の東日本大震災を契機にアナウンス部から報道局原発事故担当記者に異動。
その後に宮内庁担当、気象災害担当、コメンテーターを歴任。
2023年 テレビ朝日退社後に個人事務所「OFFICE ユズキ」を設立。
株式会社タミヤ模型史研究顧問、富山県南砺市アンバサダー、株式会社獺祭メディアアドバイザー。